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山家城址(甲ケ峯城跡)

山家城址の御城印は以下のページからご購入いただけます。
御登城記念として、お買い忘れの際にご利用ください。

山家城址御城印

山家城址
本丸
山家城址
曲輪
山家城址
空堀
山家城址
二の丸
山家城址
土塁
山家城址
空堀
山家城址
山家城跡縄張り図(参考文献:京都府中世城館調査報告書)

小畑城跡

 

三坂女﨟物語

天正7 年の猪崎城塩見氏滅亡に関わる哀史が今日に語り伝えられています

 

天正7 年7 月24 日(一説には8 月18 日) 猪崎城主塩見播磨守は明智光秀の軍勢に攻められ、城に火を放って逃れようとしたが討手に命を奪われた。城主の妻は、小畑城主波々伯部源内の娘で、落城により小畑に逃れようとし三坂峠にさしかかった際、追っ手のために殺された。追っ手が、血刀を洗った言われる「みたち池」は鍜治屋町にあって、その池の水は今でも濁っていて澄むことはないと言われている。「みたち池」(「身断ち」と「御太刀」の2説)は、池と周囲が整備されている。

 

注)画像クリックで拡大表示

小畑城跡
①小畑城跡 ②高源寺駐車場 ③登城口
小畑城跡
小畑城跡縄張り図(参考文献:京都府中世城館調査報告書)
小畑城跡
主郭
小畑城跡
土塁
小畑城跡
上がり虎口
小畑城跡
登城道
小畑城跡
稲荷神社から主郭への上がり口
高源寺
高源寺(駐車場)

上林城址

上林城址の御城印は以下のページからご購入いただけます。
御登城記念として、お買い忘れの際にご利用ください。

綾部市観光協会オンラインショップ「あやセレ」 上林城址御城印

 

上林氏から藤懸氏へ

 

16世紀後半、明知光秀勢の上林侵攻などにより、上林氏の勢力は弱まり、天正元年(1573年)以降、上林氏一族はその発祥の地上林からの退転を余儀なくされていきます。一族は各地に転出していくが、そのうちの一派は宇治で茶業を始めて成功し、宇治の茶舗上林家として有名になりました。

上林氏退転後、慶弔6年(1601年)に藤懸永勝が上林に入り6千石を領しました。藤懸氏は先の上林城の館に陣屋を築き、明治になるまでこの地を治めました。

上林城址
①②は駐車場
上林城址
頂部の稲荷神社
上林城址
駐車場①から頂部への上り口
上林城址
駐車場②から頂部への上り口
上林城址
頂部からの景色
上林城址
陣屋地実正の図
上林城跡縄張り図
京都府中世城館跡調査報告書ー上林城跡縄張り図

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