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城・城址

上林氏は上林谷一帯を治める大きな存在

上林城址

古城山の名が残るこの丘陵上には、かつて上林氏の居城が築かれていました。
上林谷のほぼ中央に位置するこの独立丘陵上に構えられた城は、上林城あるいは生貫山城、蝸牛ケ城とも呼称されます。

上林氏は、丹波氷上郡の土豪赤井氏の一族で、足利尊氏に従って功を立てた赤井秀家がこの地何鹿郡上林庄に住み、初めて上林姓を称したと言われています。天文2年(1533年)の光明寺再建奉加帳には上林一族11名が有力施主として名を連ねていたことから、この頃までには上林氏が上林城を拠点に上林谷一帯を治める大きな存在となっていたようです。

上林城址は昭和53年~56年に発掘調査され、城の規模や構造が明らかになりました。城は、丘陵頂部の本丸を中心として東西南北に廊を配しています。発掘で検出された石垣などの数々の遺構から、この城が高度な築城技術による本格的な居館であったことが判明しました。また、多量の出土遺物からは、この城の最盛期が16世紀前半であることも分かりました。

スポットデータ

名称上林城址
住所〒623-1122 京都府綾部市八津合町城下1
アクセス【バス】綾部駅南口からあやバス上林線・中上林診療所前で下車(約30分)→ 中上林診療所前から徒歩15分
【車】綾部駅から府道1号線経由約30分
駐車場
電話番号0773-42-9550(綾部市観光協会)

アクセスマップ

上林氏から藤懸氏へ

 

16世紀後半、明知光秀勢の上林侵攻などにより、上林氏の勢力は弱まり、天正元年(1573年)以降、上林氏一族はその発祥の地上林からの退転を余儀なくされていきます。一族は各地に転出していくが、そのうちの一派は宇治で茶業を始めて成功し、宇治の茶舗上林家として有名になりました。

上林氏退転後、慶弔6年(1601年)に藤懸永勝が上林に入り6千石を領しました。藤懸氏は先の上林城の館に陣屋を築き、明治になるまでこの地を治めました。

上林城址
①②は駐車場
上林城址
頂部の稲荷神社
上林城址
駐車場①から頂部への上り口
上林城址
駐車場②から頂部への上り口
上林城址
頂部からの景色
上林城址
陣屋地実正の図

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